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先祖返りの町作り

第62話 エストのお嫁さん

18歳になったエストは今、
執務室に全員集合した家族の前で、
家長のエルクに向けて、
自分の恋人を紹介している。

「お父様。紹介します。
 この娘が私の恋人のローズです」

「私はローズと言います。
 しがない商人の娘なのですが、恐れ多くも、
 エスト様とお付き合いさせて、
 いただいております……」

流暢な敬語でローズさんは自己紹介をする。
この村の教育レベルは高いため、
いつぞやの傭兵さんのようには、
かんだりしていない。

ローズさんは、
この王国でも珍しい赤髪をショートにした、
少し活発そうな、素敵な女性である。

ただ、お貴族様の跡取り息子の恋人という立場に、
とても恐縮している様子で、
最後は小声になりながら、自己紹介をしている。

「お兄様。私というものがありながら、
 いったい、いつの間に……」

メイが絶句している。

理想の殿方育成計画があるため、
ブラコンは治療された、と思っていたが、
どうやら、不治の病だったようだ。

もう13歳になるメイではあるが、
まだこれはという殿方は、
見つかっていないらしく、
例の計画はまだ発動はしていない。

話がややこしくなりそうなので、
家族は全員、メイを無視して話を続ける。

「お父様。
 私はローズと結婚したいと思っています。
 婚約の許可をください」

その言葉を聞いたローズさんは、
ものすごく恐縮した様子で、語り始める。

「あの、その、領主様……。

 私はただの村娘なので、私ごときが、
 将来の領主様の奥方様になれるとは、
 思っていません。

 ですので、できればエスト様を、
 あまり叱らないように、
 していただけないでしょうか……」

弁明するローズさんを見たエルクは、
優しい微笑みを浮かべて、
ローズさんに語りかける。

「ローズさん。
 私があなたに聞きたい事は、二つだけです。
 あなたはエストの事が好きですか?」

「はい……。
 エスト様は強いのに、
 とてもお優しいですから……。
 ただ、身分が……」

少し頬を染めながら、
うつむいて語るローズさんを見たエルクは、
優しい微笑みを浮かべたまま、質問を続ける。

「では、次の質問です。

 ローズさん、あなたは私達のエストと、
 心から結婚したいと思っていますか?

 身分等は考えずに、
 正直に心の内を聞かせてください」

「はい……。
 身の程知らずにも、そう思っています……」

「では、何の問題もありません」

エルクは、エストとローズさんを真っすぐ見つめ、
少し居住まいを正し、
一人の父親としてではなく、領主として、
二人に婚約の許可を出す。

「領主として、二人の婚約を許可する。
 おめでとう。

 エストと二人で、幸せな家庭を築きなさい。
 できれば、早めに初孫を見せてくれると、
 さらにうれしい」

その様子を見たルースは、
クスクスと笑いながら、語りかける。

「あなたは、相変わらず、気が早いですね。

 エストが生まれた時も、そうでした。
 でも、私も孫の顔が見たいわ。

 エスト、ローズさん。
 私も二人を祝福します。

 ご婚約おめでとう」

あっさりと婚約の許可が出たので、
ローズさんは驚いたような、あるいは、
困惑したような顔で確認を取る。

「あの。とてもうれしいのですが、
 そんなにあっさりと、
 婚約を許可していただいて、
 本当によろしいのですか?」

家族を代表して、エルクが続けて語る。

「そこにいる、ガイン家の初代様によると、
 我が家は、自由恋愛が家訓らしいぞ?

 だから本当に、何の問題もない。

 心から愛しあえるもの同士であれば、
 反対する理由がない。

 それに、我が家の家族は、全員、
 他の貴族が嫌いだしな」

そこまで語ったエルクは、
ハッとしたような顔をして、エストに語りだす。

「そうだ。エスト。
 ローズさんのご実家はどこだ?

 こうしてはおれん。
 母さん。早速、ローズさんのご両親に、
 挨拶に行くぞ!」

その様子を見たルースは、
若干あきれた様子で語り掛ける。

「あなた。
 だから気が早いと、言われるのですよ?

 いくらなんでも、
 領主様がいきなり押しかけたら、
 ご迷惑でしょう。

 まずは、ローズさんのご両親に伺って、
 都合の良い日を教えていただきませんと。

 ところで、エスト。ローズさんのご両親には、
 もう結婚の許可は、
 いただいているのですよね?」

エストは、少し渋い顔をしながら答える。

「それが、お母様。

 ローズのご両親には、
 ローズさんをくださいと、
 既にお願いはしているのです。

 ただ、私と結婚できると、
 どうしても信じていただけなくて。

 私の家族なら反対しないと、
 かなり説得を続けたのですが。

 それでも、領主様の許可が下りるならと、
 言っていただけたので、
 これからローズと二人で、
 婚約の挨拶に伺おうかと」

確認してよかったですわと、頷いてから、
ルースが語る。

「それ見た事ですか。
 あなた、あわてて押しかけなくて、
 本当に良かったですね?」

メイを除いた家族全員に、優しい笑いが起こる。
ちなみに、メイはずっと硬直している。

大好きなお兄様が、
お嫁さんに取られるとでも、
思っているのかもしれないが、
さすがに、反対するような事は、
口走っていない。

お兄様のためを思って黙っていると、
信じる事にする。

決して脳が、処理能力の限界を超えて、
オーバーヒートしただけだとは、
思わない事にする。

その後の会話で判明した事だが、
ローズさんはエストの一つ年上で、
今19歳らしい。

(確か、日本の古い格言で、
 一つ年上の女房は、
 金の草鞋を履いてでも探せ、
 というものがありましたね)

エストの大金星に、私はとてもうれしくなる。

それから、一年の婚約期間の後、
19歳になったエストと、
20歳になったローズさんは、結婚した。