SOLID STATE ANGEL ver.1.1
第95話 魂の約束
俺たちは無事に外へと脱出し、自分の多脚戦車へと乗り込んだ。
───セシルの多脚戦車だけをその場に残して。
そして、手順通りに作戦終了の信号弾を上げた。
俺の大隊の仲間たちは、セシルが帰還していないことに気づいていたようだが、みんな気を使ってくれたようで、誰もそのことを口にしなかった。
しばらくすると、後方のあちらこちらから全軍撤退の信号弾が上がり続けた。
「ここまで来て全軍撤退!? 司令部は何を考えているんだ!」
兵士たちから不満の声が上がるが、それでも立て続けに下る命令に、しぶしぶながらも従っていた。
戦いながらの後退は、連邦軍に出血を強いるものになった。
前線が半分崩壊しながらも、それでも撤退を急がせる命令により、何とか短時間での後退を続けていた。
そして、全軍がある程度帝都の中心部から離れたタイミングで、突如としてそれは起こった。
帝都の中心付近で大爆発が起こったのだ。
「な、なんだ? 何が起こったんだ?」
戦友の一人が振り返り、その光景を見て、外部スピーカーで疑問の声を上げる。
「あれは……。マクシモが設置されているあたりじゃないか?」
やがて一人がその意味に気づき、やはり、外部スピーカーで呟いた。
「そうだ! と、言うことは……」
「俺たちは勝ったんだ!!」
しばらくの間、歓喜の声が上がっていたが、まだブリキ野郎は一部残っている。大多数は先ほどの爆発に巻き込まれた模様ではあるが。
そうすると、後方の司令部から大音量で勝利を告げる声が届けられた。
「諸君! 我ら人類の勝利は確定した!! だが! まだ戦争は完全には終わっていない! 残敵を掃討せよ!!」
その声で我に返った戦友たちは奮い立ち、最後の仕上げと、残っていたブリキ野郎たちを積極的に狩り始めた。
マクシモがいなくなったからだろう。組織的な抵抗は鳴りを潜め、逃げ惑うブリキ野郎にとどめを刺していく。
ブリキ野郎や警備ロボットたちの中には、もうおしまいだと覚悟したのだろう、自分で自分の動力を止めるものが多発していた。
その様子は、どこか物悲しくもあった。
しばらくして、順調に掃討戦も終わる。
ある程度の時間をかけて、残っているブリキ野郎や人工知能のロボットがいないことを確認していると、撤収の信号弾が後方のあちらこちらから上がり、俺たちは前線基地へと帰還を開始した。
基地に帰ってくると、ハンガーに機体を収めたものから急いで多脚戦車を降り、肩を叩きあって喜びを分かち合っていた。
誰もかれもが笑顔になっていて、長く苦しい戦いを無事に戦い抜いた歓喜の表情をしている。
俺はそんな様子を壁際でぼんやりと眺め、その笑い声をどこか遠くに感じながら聞いていた。
いつの間にかセシィが俺の隣に寄り添ってくれていて、頭を俺の右肩に預けていた。
俺はどこか現実味を感じられないこの状況に戸惑いながらも、ポツリ、ポツリと心情を語ってみることにした。
「なぁ、セシィ」
「なんだい?」
「俺たちは、勝ったんだよな……」
「ああ」
俺たちは確かに勝った。しかし、一番喜びを分かち合いたい人だけがいない。
ものすごく悲しいはずなのに、なぜか涙が出てくれない。
人は悲しみが度を超すと、涙も枯れ果てるようだ。
「マクシモは、いなくなったんだよな……」
「ああ」
ここで、俺は隣にいるセシィを右手でそっと抱き寄せ、今の思いを告げる。
「じゃあ……さ。これからは、俺たち人類の時代だよな」
「ああ。神様を気取るやつはもういないからな」
俺は勢いよくセシィに向き直ると、彼女を高く抱き上げた。
「なっ! どうしたんだよ、突然!」
顔を赤くしたセシィが、抗議の声を上げる。俺はそれに構わずに、続きを淡々と語る。
「と、言うことは、だ。減ってしまった人類を増やすためにも、俺たちはたくさんの子供を作らないとな」
そして一拍の間をあけ、その言葉が自然と口から零れ落ちた。
「───セシルが望んだ通りに」
ここまで口にして、ようやくセシルがいなくなったことを実感できた。
そのまま俺はゆっくりと膝から崩れ落ち、両手を地面について大粒の涙を流し続けた。
セシィは両膝立ちになり、そんな俺の頭を、そっと抱きしめ続けてくれていた。
どれほどそうしていただろうか?
少し落ち着いた俺は、うつむいたまま、そっと自分の唇に触れる。
あの時の感触を思い出すために。
そして、セシルの最期の笑顔を思い出す。
「なあ、セシィ」
「なんだい?」
「セシルは、いつの間にか、あんな笑顔ができるようになっていたんだな……」
「ああ……。そうだな。女のあたいから見ても、ドキッとするぐらい素敵な笑顔だったな」
優しく同意してくれるセシィに感謝しながらも、俺はセシルの笑顔を思い出し続ける。
心の奥底、深く、深く、それこそ、魂に刻み付けるように。
そうだ、俺はセシルと約束した。
だから、この笑顔の思い出だけは、しっかりと魂に刻み付け、来世にまで持っていかなくてはならない。
そして、そこで再びセシルを見つけ出し、今度こそ本当に結ばれるために。