SOLID STATE ANGEL
第50話 混沌の坩堝
「ジェフ、セシィ。あなたたちは、いったい何をしているのですか?」
その声が聞こえた瞬間、俺は光の速さで背筋を伸ばし、直立不動の体勢をとる。そして、ギギギと音がしそうな動きで首だけを入り口に向けると、そこには少し首を傾げたセシルが立っていた。
俺の背中を滝のような冷や汗が流れ落ちる。
最近は表情が少し豊かになってきたはずのセシルが、能面のような無表情で首だけを傾げているのがとても怖い。
「なんでしょうか。この気持ちは。無性にセシィとジェフを引きはがして、ジェフの顔面を叩きたい気分です」
俺は死刑宣告を受けた気分で、その発言を聞いていた。
「ジェフ。私がなぜこのような気持ちになっているのか、原因に心当たりはありますか?」
心当たりがありすぎて困るぐらいだとは、とても言えない。
「あっ……いや……そ、その……」
俺は空転を続ける頭を必死に回転させ、なんとか現状を切り抜けるための言い訳を考える。
「そ、そう。これは冗談なんだ。セシィが俺をからかっているだけなんだよ……」
俺のその無茶な言い分に、セシルはますます首を傾げながら、今の気持ちを俺に言い聞かせ始める。
「なぜでしょうか? ジェフの話を聞くのは私の一番の楽しみのはずなのに、今の話を聞いていると、私の不快指数が跳ね上がります。私に涙を流す機能はありませんが、なぜだかとても泣きたい気分です」
あっ、だめだ。俺、死んだな。
俺がそんなあきらめの境地に達しそうになっていると、セシィは勝ち誇ったような顔で、さらに追い打ちをかける。
「冗談でもなんでもないよ。あたいは本気で、ジェフを誘惑してたのさ」
フフンと鼻で笑いながら、そう告げるセシィ。それに対し、セシルはその先のことについて質問を始める。
「誘惑……ですか? それをすると、どうなるのでしょうか?」
「ジェフがあたいに首ったけになる。そして、あたいとジェフは夫婦になって、あたいがジェフの赤ちゃんを産むのさ」
セシィのその発言に、セシルは傾げていた首をまっすぐに伸ばし、さらに質問を続ける。
「ジェフとセシィがつがいになる……。そうなると、私はどうなるのでしょうか?」
「ジェフに見向きもされなくなるだろうね」
ますます無表情になったセシルは、顎に手を当ててブツブツと独り言をつぶやきだした。
「ジェフとセシィが子供を作る……。そして、私には絶対に作れない……」
そこまで言うと、くるりと右に方向を変えたセシルは、そのまま壁に向かって歩き出す。そして壁に両腕をついたかと思えば、ガンガンと頭を壁に打ち付け始めた。
その突然の豹変ぶりに、俺もセシィも絶句していた。
どうすればいいのか、何を言えばいいのかさえも分からなくなってしまった俺だったが、やがて救世主の声が聞こえてきた。
「なんだ、なんだ? 何が起こっているんだ?」
そして、ドアを開けたウォルターという名前の救世主の目に映ったのは、ずっと俺の右腕に絡みついたままのセシィ、壁に頭を打ち付け続けるセシル、懇願するような目で訴えかける俺、という絵面だった。
「ごゆっくり……」
無情にも、パタリと音を立ててふさがれる俺の逃げ道。
事態を打開するための救世主は、あろうことか速攻で逃げを打ってしまった。俺はこの混沌の坩堝と化した部屋に取り残されてしまったのだ。
俺は今、どんな戦場でも経験したことがないほどの危機的状況にある。
だれか、この状況をなんとかしてくれ……。