先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第58話 さらなる発展政策
ガイン村の学校は周辺地域でだんだんと評判になっていき、外部からの移住者も増えていた。
しかし、私にとって誤算だったのは、ここで学んだ領民は基礎学力が高かったため、ガルムの都市で商人や職人になるものも増え、人口流出も起こっていた点だ。
そのため、全体としての村の人口は、やや増加した程度に収まってしまっていた。
分度器作りの作業を終えた私は、村を発展させる方法を、一人、工房の部屋で考え続けていた。
「やはり、この村には、ろくな就職先がない事が一番の問題なのですよね……」
職を求めて人口流出が起こってしまうのは、この村だと教育を受けたもののための就職先がないためだ。
「とりえあえず、私の工房で弟子を取り、学校の先生を募集してみますか」
とりあえずの就職先として、ぱっと思いつくものを実行に移す事にする。
私は工房を作り、自分一人で開発資金を稼ごうと考えていたのだが、それがそもそもの間違いであった事にいまさらになって気づく。
為政者の仕事は、領内に金を回し、経済を発展させて税収を増やし、それを開発に回すという、好循環を生み出すものでなければならない。
為政者が自ら商売をしているようでは、領民の仕事を奪ってしまう。
「まずは、何か特産品を考えないといけませんね」
領内に金を回すために、なにか稼げる特産品は作れないかと考えを巡らせる。
ぱっと思い浮かんだのは味噌蔵だ。
大豆を用いた輪作の実験農場もなかなかいいデータがそろってきたので、実験農場を拡張して大豆の増産を行う事を決定する。
同時に枝豆を食べる習慣も広めていき、大豆の有効利用の方法を宣伝していく事にする。そうして、ゆくゆくは、ガルムの都市でも枝豆を販売したい。
もう少し、何か大豆を有効利用する方法はないかと、さらに考えを進めていく。
「せっかく『味噌汁』が飲めるようになったのです。ここは、『豆乳』も開発して、『豆腐』も作ってしまいましょう」
豆腐を作るためには、にがりと呼ばれる塩化マグネシウム等の水溶液が必要になってくる。そして、にがりは海水から塩を作る過程で得られる。
この国には海水を原料とする製塩業があるため、探せばにがりは手に入るだろう。
しかし、工房や学校の先生の仕事等もあるので、にがりを探すために長期出張を行うのは、少し難しくなるかもしれない。
そこで、豆腐の開発は工房の弟子がある程度育ってから行う事とし、一旦保留とする。
「ただ、『味噌』や『豆腐』だけでは大した税収を見込めませんから、できれば、もうちょっと稼げる特産品を考えたいですね……」
私は顎に手を当て、さらに深く考えを進めていく。
「こういう時の定番としては、『リバーシ』や『トランプ』を量産して売る事なのでしょう。ですが、この国には、『商業ギルド』や『著作権協会』みたいなものがないのですよね……」
特許や著作権のような考え方のないこの国では、リバーシ等を量産したとしても、すぐにコピーされてしまうだろう。
領内に鉱山でもあれば話はもっと単純になってくるのだろうが、このあたりで簡単に手に入る資源としては木材くらいしかない。
「ん? 木材……。そうだ、あるじゃないですか。木から作れる、もっと儲かりそうな定番の商品が」
私はポンと手を打ち、この閃きを口にする。
「『手すき和紙』を開発して、売ればいいのですよ」
手すき和紙の原料自体は簡単に手に入る。樹齢一年~二年ぐらいの繊維質な柔らかい若い木と、後は灰と糊があればいい。
出来上がる紙の品質にこだわらなければ、木はなんでもいいとも言える。
極端な話、竹からでも紙は作れるし、もっと言えば、量さえ確保できるのであれば、糸屑からでも紙を作ることは可能だ。
木を蒸して柔らかくし、木の皮をはぎとり、表面の黒い部分を取り去り、天日干しをして保存ができる状態にし、水にさらして戻し、木の皮と灰を一緒に煮込んで漂白し、木製の棒で叩いて繊維を細かく砕く。
詳細に書けばこのような複雑な手順が必要になるのだが、要約すれば、木の皮の白い部分を抜き出して細かく砕けばいいだけだ。
こうやって加工した原料に、繊維をまとめて繋げるための糊を加え、船と呼ばれる箱に入れてかき混ぜ、簀や桁と呼ばれる道具を使って紙をすいていく。
糊として使われるトロロアオイの代用品を探したり、良質な和紙作りに向いた木を探すための研究開発をしたりする必要はあるだろうが、少し時間をかければできるだろう。
簀や桁も、いきなり大量生産ができるようなものを作るのでなければ、小型のものでいいので、木工職人に発注すれば作れるはずだ。
「よし。そうと決まれば、早速、研究開始です!」
村を発展させるための明確な目標が定まり、私は決意も新たに研究を開始した。